「ここはやっぱりケーキバイキングをですね」
「あんたそれ先月も言ってたじゃん」
「月1じゃん!!!!!月1の贅沢ぐらい許してよ!」
「本当にあんたってケーキ好きだよねー」
朝礼が始まる前の時刻。普通科の教室の一角はあははは、とはしゃいだ笑い声に包まれる。
自分も甘味が好きな自覚はあるが、この友人程ではないだろうと友人達との会話を楽しみながら唯は思っていた。
「唯、最近おすすめの喫茶店とかある?あんた結構詳しいでしょ」
「んー、最近行ってないんだよね」
「あ、そっか。スタオケあるもんね」
スタオケが始動するまでは友人達と遊びに行く日だってもちろんあった。
皆でリサーチした喫茶店などに行くのがお決まりになっていたのだが……スタオケのコンミスとなってからは、土日も練習や路上ライブに明け暮れている。
肩を竦めさせた唯に、はっとした友人は申し訳なさそうに眉を下げた。と―――
「あれ」
その友人が、目をぱちくりとさせる。
どうしたのだろうと唯も目を瞬かせ、その視線の先を追うと―――それは自分の右手に注がれていた。
「なぁにそれ、ひょっとして彼氏からのプレゼントぉ?」
にんまりと友人の口が弧を描き、くふふと笑い声が漏れる。
しまった、とは思ったけれど、今更誤魔化したところで却って怪しまれるに違いない。
唯は、あはは…と渇いた笑いを漏らして、小指に嵌められたリングの輪郭をなぞった。
「だといいんだけどねー。違うよ。お守り」
「お守り?」
「あ、知ってる。確か右の小指って魅力アップなんでしょ」
「ええー。唯、それ危ないよ。スタオケで変な客ついたらどうすんのー?」
「いやいや、ないない!あってもほら、うちにはファン対応のプロがいるから」
どうやら納得はしてくれたらしい。
そりゃそっかー!と笑った友人の笑い声に紛れるように、チャイムが鳴り響いた。
「あ!やば、また後でね!」
クラスの違う友人が、慌てて手を振って扉へと駆け出していく。
だが、彼女が扉に手を掛けたそのタイミングで、閉じられていた引き戸ががらりと開いた。
「ぅわ!」
「っと……わりぃ」
「あ、いえ、ごめんなさい!」
幸い、衝突は免れたらしい。教室に入って来た人物を何とか躱すと、頭を下げてからその姿は廊下へ消えて行った。
そしてその衝突されかかった人物といえば、
「……ぁー……クソねみぃ……」
とはいえ、遅刻しなかっただけ合格だろう。
くぁ、と大欠伸をしながら彼は、自分に宛がわれた席――唯の右隣に腰を下ろした。
「ギリギリですよ」
「間に合ったんだからいいだろ」
かき上げられた髪が、指の間から零れていく。
咎めるように口にすれば、ニィと口端を吊り上げて彼は笑った。
とはいえ、口うるさく咎めることはできない。
何せ彼は昨日の夜遅くに水戸から帰ってきたばかりで、疲れだって抜け切れてないだろうことは明白だった。
それに何より、その前日は―――
はぁー。とこれ見よがしに唯が溜息を吐くと、くく、と隣で喉を鳴らす笑い声がする。
1限の準備をする間も視線を感じた唯が顔を向けると、彼は頬杖をついたままこちらを見ていた。
「朝日奈さん」
視線がかち合う。
その目が、何かを見つけて満足げに細められている、そんな気がした。
「オハヨ」
その挨拶は、どこか甘く唯の耳を打った。
悪戯なその瞳が、彼お得意の笑顔に消えた。