体温

「晃さん、おーきーてー」
ご飯、と布団の上から叩くけれど、まるで効果はない。布団に包まったその人はぴくりとも動かない。
「あーきーらーさーんー」
叩いて駄目なら揺らせばいい、というわけでもなかった。
起きない。
「ンン……」
微かに声が聞こえはするが、まだ起きない。
「晃さん、海連れてってくれるんでしょ、ねえ」
今日は確かツーリングで海へ連れて行ってくれる、そう約束したのだ。
とはいえ、昨日遅くまでバイト漬けだったのは知っている。
それはわかるのだけど。
覗く耳元でそう紡ぐと、もぞ、と首が振られた。まるで子供だ。
けれど、効果はあったようだ。ごろりと体勢を変えたらしい晃が体を起こす気配がする。それに気づいた唯はすぐさま布団から手を離した、のだけど。
「……………」
体を起こし、くぁ、と欠伸を一つして髪をかき上げる姿はまた様になるのだけど、まだ目が寝てる。
その視線が、ゆっくりと部屋の中を巡る。それから、唯の姿を見つけるとそこで視線が固定された。
緩く、その双眸が細められる。見つけた、と言いたげにその口端すら持ち上げて。
あまりに様になったから、唯もつい見惚れてしまうほどだった。だから、伸ばされた手に気付くのが遅れてしまった。
「…わ!」
ぐい、と引き寄せられ、そして抱き締められる。そのまま、二人して布団の上に倒れ込んでしまった。
しまった、と思った時にはもう遅い。唯がどんなに身を捩ろうと、背中に回った腕の力は強くて、起き上がることを許さない。
そして彼女が起きようとするのも拒むように、唯の頭の上に晃の顎が乗せられた。
「あ、きらさん…!」
「いーだろ……もうちょい寝かせろよ………。……ぁー…ぬくい……」
晃が頬を唯の髪へと摺り寄せる。近くなった声は寝起き特有の掠れたものだったけれど、とても柔らかく甘くて、唯は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
そうこうしている間に脚すらも絡め取られてしまって、唯は完全に身動きを封じられてしまった。
「海ぃ……」
「わーってる…」
不満げに漏らした唯の言葉に、とろんとした晃の声が被さる。
宥めるように、晃の手が唯の髪を梳いていく。
「ゆい」
甘えている。
髪を梳く手は緩やかで、いつ止まってもおかしくはなかった。
「なぁ、ゆい。…すきだよ」
今更だ。何度だって交わした告白だった。それでも、そんなに幸せそうに、穏やかに、甘く囁かれてしまえば、折れるしかない。
「知ってる。…私だって、好きなんだから」
言って、ぎゅう、と晃の背に回した腕の力を強めれば、はは、と頭上で笑う声がした。

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