「懐かしいですね。こんなこと言うのもおかしいかもですけど」
まだそんなに経ってないはずなのに、と唯は自分達に充てがわれた部屋で一息付くと可笑しそうに笑った。
二人は、あの時と同じ温泉宿に訪れていた。
三年前、共にスタオケのメンバーとして世界を目指していた時の話だ。
斉士が、最後の青春を駆け抜けていた時の話だ。
あの時はスタオケメンバーで揃っての慰安旅行だったが、今は二人きり。
この旅館に泊まるのは二度目であるが、恋仲になってからは初めてとなる。
「でも、本当に良かったんですか?」
「家と大学のことなら心配はいらないよ。息抜きも必要だからね」
湯呑みに入った緑茶を飲みながら唯が問うと、斉士はそう言っては頷いた。
そういえば、と唯がふと思い出したのは、前回のことだった。
そうだ、スタオケでの慰安旅行が決定した時、彼はあちこちに連絡していたっけ。ひっきりなしに掛かってくる電話の対応をしていた。その姿が思い出される。
「唯さん?」
ああ、そうだ。と思うと唯の体は勝手に動いていた。
唯の手が、整えられている斉士の髪に触れる。斉士が目を瞬かせると、その手はゆっくりと斉士を撫でた。
いい子、いい子と撫でるかのように。
「……………………」
彼女の突拍子のない行動はいつものことなのだけれど、予想だにしていなかったそれに斉士は言葉を失った。
けれど、不快ではなかったから、斉士は暫くはさせたいようにさせることにする。
三度ほどだろうか、撫でる手は往復を繰り返して、唐突に止まった。
心地良さすら感じて斉士は目を伏せていたけれど、止まった手に彼女の顔を見遣れば、「しまった」と見事に顔に書いてある。
「あっ!すみませ、」
「いいや、構わないよ」
その様が可笑しくて笑いを溢すと、唯は慌てて手を引っ込めて弁明しようとした。が、その手が引かれることを斉士は許さない。その手に己の手を重ねることで制すると、唯の視線がうろうろと彷徨い出した。
「いやでも、斉士さん、あの時みたいに、色々頑張ってくれたんだなって思って、いや、えっと」
「そうだね、君にこうして撫でられるのも悪くはない」
慌てている。焦っている。その様子が楽しくて、愛しくて、斉士は今まで己の頭を撫でていた手を頬へと誘う。そして、すり、と自ら頬を擦り寄せると、頬を染めてこちらを見ている唯へ向ける微笑みを深くした。
あの時、三日間の時間を作るために、どれだけの時間を友枝や常工の教師達、そして家への連絡に費やしたか彼女は知っている。
そうして何とか時間を捻出した姿を知っている。
だからこそ余計に、今回の休暇についても思うところがあったのだろう。
何せ久し振りの逢瀬であり、休暇なのだ。斉士にしてみれば、誰一人として邪魔をして欲しくはない。
それは自分のためでもあるのだけど、彼女は自分のわがままに付き合わせているとでも思ってしまうのかもしれない。
第一、それは君も同じだろうに。
だからこそ、より、愛おしい。
「頑張ったのだから、もっとご褒美が欲しいな。………唯」
だからこそ、より、独占したいと思うのも無理もない話だ。